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関東の高等女学校

本題は高等女学校の話がメインとなりますので、旧制中学、特に尋常中学などのトップ校の話題を期待している方は期待はずれの内容となります。 トップページにも記載してありますが、難関校の話題をメインに扱う考えはありませんのでご了承ください。
まずはじめに簡単な歴史的基礎知識など
1)尋常中学校時代(1886年〜1899年)
尋常中学+高等中学のセット時代です。高等中学は途中で名称変更されますが、実態は変わらずという認識でいいかと思います。 帝国大学←高等中学(5校)←尋常中学(47校)という学校制度整備を目指していました。 ちなみに小学校は、尋常小学(4年)+高等小学(4年)の合計8年でしたが、高等小学2年の課程を修了すれば、 尋常中学への入学受験資格を得ることができました。高等小学は2年課程のところもまだまだ多かったようです。
2)中学校と高等女学校(1900年-1919年)
「中学校」という名称の誕生と高等女学校令による制度化。1891年より高等女学校は尋常中学の一種と中学校令14条などで 明文化されたうえで認められていたので、19世紀には高等女学校が制度化されていなかったというわけではありません。 1907年に義務教育であった尋常小学4年が尋常小学6年に延伸されました。これは重要なことなので覚えておいてください。 たとえば、師範学校入学資格は高等小学校2年を修了した者とあった場合、それは1907年以前なのか、それとも以後なのかで 12歳と14歳でまったく意味が違ってしまうのです。これは1907年前の高等女学校と実科高等女学校でも同じ認識問題が 発生しますので、1907年は特に気にしてください。そして、1910年に実科高等女学校が制度化されます。
3)1920年-1949年
1919年大学令の施行による私立大学の制度化。中等教育機関の拡大、戦前戦後のゴタゴタという流れです。 それまでは、東京・京都・九州・北海道・東北の5つの帝大とナンバースクールである8つの旧制高等学校しか 制度上は存在していませんでした。一般的には東北→九州→北海道という旧帝設立順番が常識なのですが、 ここでは、九州→北海道→東北という過程で統一させていただきます。

ーーー 簡単なまとめ ーーー


1886年 中学校令公布。(帝国大学、高等中学+尋常中学、高等小学+尋常小学)時代
1899年 中学校令改正、高等女学校令施行。1897年から東京帝国大学と京都帝国大学。1900年義務教育の無償化と第六高等学校(岡山)設立。 1901年第七高等学校造士館(鹿児島)設立。
1907年 尋常小学校6年制。3番目の帝大として東北帝国大学誕生。しかし仙台には本部を設置するとしただけで、 1876年開校の札幌農学校を東北帝国大学農科大学へと昇格させたのが実際の話。1908年第八高等学校(名古屋)設立。
1910年 実科高等女学校制度化。1911年に九州帝国大学が誕生するが、すでに1903年に京都帝国大学福岡医科大学が分割設立されていた。 また、1911年になってようやく仙台に東北帝国大学理科大学が設立される。本部設置も同時で4年後のことである。
1919年 大学令施行。おもに私立と官立公立のための規則。1886年の帝国大学令も全面改定された。1年前の1918年に 東北帝国大学農科大学が北海道帝国大学となる。1894年の高等学校令も1918年に新しい高等学校令へ変更され、 私立と公立が認められるようになる。これらにより旧制高等学校と大学が着々と増加することになる。
1948年 新制高等学校が発足

私は国公立医の歴史にも興味があって10年前ぐらいに色々調べた時期がありました。その名残りのせいでもう少し脱線します。すみません。 ランク付け指針で国公立医を過剰評価していることからも分かるように、国公立医に実力だけで入学する者は化け物だという受験脳を持ち合わせております。
東大理V≧東大文T≧京大法>国公立医≧東大文3>東大京大一橋東工旧帝理系
私の中での学歴序列はこのようになっています。ランク付けでは便宜上まとめて別格扱いをしている東京大学ですが、 私は東大なら何でもマンセーする人ではないので、文2なら一橋(法含む)京大(法除く)と同格の評価です。 経済学部系は文系であるかぎりは法学部の格下分野という考えです。官僚的思考と同じですかね。 東大理系と旧帝理系の差もほとんど感じません。理系なら答えがある世界なのだから結果がすべてでしょう。 東大の中ではよく馬鹿にされる文3ですが、この分野では東京藝大と双璧をなす最高峰なので 尊敬の念があります。しかし、この分野も結果を出すことが最も重要という考え方なので、芥川賞受賞者やワンピ−スの作者 (私は読んでいないので知らないけど)などの方が格上という認識です。

ようやく本題

自己満足の前置きに付き合ってもらってどうもすいませんm(_ _)m

高等女学校と実科高等女学校

高等女学校
実科ではない純粋な高等女学校をメインに扱おうと考えています。 偏差値的にこのあたりの層を語りたい、詳しく扱っていきたいというのが最大の理由ですが、 お嬢様学校を妄想して楽しむのもいいでしょう。高等女学校という響きも好きです。
実科高等女学校
Wikipediaでは 高等女学校とごちゃまぜにまとめられているので分かりにくい(※2015年6月作成時の話。今は区別されているようです。)のですが、 私見では実践女学校と同様な実業学校の女子校版という位置付けと考えています。ですからここでは基本的に扱いません。 過去の資料を探すと分かると思いますが、公的資料でも中学校、高等女学校、実科高等女学校と三つに別けて統計がなされています。 そのため、旧制中学校と対となる存在は高等女学校の本科のみとします。名称に実科が付かなくても 実態は実科高等女学校そのものだったという例も多いかもしれませんが、情報収集が終わるまではご容赦ください。
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私立高等女学校の話
1年半ほど放置しておりましたが、首都圏の私立女子高と私立高等女学校について作成を進めてまいります。 遅くなってしまったことをお詫び申し上げますm(_ _)m
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というわけで、高等女学校をメインに紹介していきたいと思います。 設立年は公立かつ本科の設置で揃えてあります。ですので、表記されている年より前に実科や私立で存在していた場合もあります。 また創立年や開校式典だけでは設立したと認定せず、実際に女学生が入学した事実をもって、その年を設立年とみなし統一しています。
1888年 東京府高等女学校(白鴎)
1900年東京府第一高等女学校に改称。1901年東京府立第一高等女学校に改称
1893年 栃木県高等女学校(宇都宮女子)
1901年栃木県立宇都宮高等女学校に改称。1931年栃木県立宇都宮第一高等女学校に改称
1899年 群馬県高等女学校(高崎女子)
1901年群馬県立高等女学校に改称。1912年群馬県立高崎高等女学校に改称
1900年 埼玉県立浦和高等女学校(浦和第一女子)
3月に私立埼玉女学校を引き継ぐ形で設立。設立後1年半の名称は埼玉県高等女学校(※Wikipediaでは埼玉県立高等女学校となっていますが、全国的にみて 1900年以前の設立だと「立」を付けない傾向にあります。北海道と宮城県を除いて、1901年以降に「県立」に名称変更したところが多いようです。)
1900年 千葉県立千葉高等女学校(千葉女子)
4月1日創設後1年間の名称は千葉県高等女学校
1900年 茨城県立水戸高等女学校(水戸第二)
4月1日仮校舎で発足後3年間の名称は茨城県高等女学校
1901年 東京府立第二高等女学校(竹早)
1899年創立時と1901年1月の開校時には、「立」は付かない。
1901年 神奈川県立高等女学校(横浜平沼)
1900年10月10日設置名称は神奈川県高等女学校。5月1日入学式後の5月7日名称変更。1930年神奈川県立横浜第一高等女学校に改称
1902年 東京府立第三高等女学校(駒場)
1903年 茨城県立土浦高等女学校(土浦第二)
1906年 横須賀市立横須賀高等女学校(横須賀大津)
1936年設立の現横須賀総合高校とは別。 設立時は町組合立。1907年市立。1930年県立移管。
1907年 安蘇郡立佐野高等女学校(佐野東)
1923年県に移管。栃木県立佐野高等女学校に改称
1908年 東京府立第四高等女学校(南多摩中等)
1908年 千葉県立東金高等女学校(東金)
1910年 香取群立高等女学校(佐原柏楊)
1923年県に移管。千葉県立佐原高等女学校に改称
1910年 君津群立木更津高等女学校(木更津東)
1923年県に移管。千葉県立木更津高等女学校に改称
1910年 前橋市立高等女学校(前橋女子)
1912年県に移管。群馬県立前橋高等女学校に改称

1910年より前の設立ですと、実態が実科であっても「実科高等女学校」の名称を付けられなかった事情があります。

茨城県内各地の第二高校や現在も上位校の女子高としてそのまま存続している元高等女学校は、存在したであろうという推測が容易であるため、 紹介を省略する傾向にあります。また、公立の高等女学校すべてを網羅しているわけではないのでご注意ください。

1920年 東京府立第五高等女学校(富士)
1921年 神奈川県立平塚高等女学校(平塚江南)
1921年 埼玉県立久喜高等女学校(久喜)
1921年 印旛郡立佐倉高等女学校(佐倉東)
1923年県に移管。千葉県立佐倉高等女学校に改称
1921年 北甘楽郡立高等女学校(富岡東)
1923年県に移管。群馬県立富岡高等女学校に改称
1922年 荏原郡立高等女学校(八潮)
1923年府に移管。東京府立品川高等女学校に改称。1927年府立第八高等女学校に名称変更
1923年 東京府立第六高等女学校(三田)
1923年 東京府立小松川高等女学校(小松川)
1927年府立第七高等女学校に名称変更
1923年 千葉県立松戸高等女学校(松戸)
1924年 第一東京市立高等女学校(深川)
1924年 群馬県立吾妻高等女学校(吾妻)
1925年 栃木県立鹿沼高等女学校(鹿沼)
1926年 水戸市立高等女学校(水戸第三)
1927年 神奈川県立厚木高等女学校(厚木東)
1928年 栃木県立宇都宮第二高等女学校(宇都宮中央女子)
1929年 目黒町立目黒高等女学校(目黒)
1932年荏原郡全域が東京市に編入されたことにより移管。東京市立目黒高等女学校に改称
1930年 埼玉県立越ヶ谷高等女学校(越ヶ谷)
1930年 埼玉県立秩父高等女学校(秩父)
1934年 横浜市立高等女学校(桜丘)
1934年 埼玉県立浦和第二高等女学校(浦和西)
1934年 大宮町立大宮高等女学校(大宮)
1936年 横須賀市立高等女学校(横須賀総合)
1906年設立の現横須賀大津高校とは別。1942年横須賀市立第一高等女学校に改称
1941年 千葉市立千葉高等女学校(千葉東)
1943年 鎌倉市立鎌倉高等女学校(鎌倉)
中等学校令による変遷。1943年の中等学校令により、中学校令、高等女学校令、実業学校令は廃止された。 神奈川県内は鎌倉のほかにも1943年頃まで実科だった高等女学校が結構ある。(大磯、逗子、横浜市立戸塚、川崎市立川崎など) 他県の実態を推察する上でとても興味深い。
ホントに中途半端ですみませんm(_ _)m
【番外】希望ヶ丘高校

 

【番外】船橋高校と不動岡高校

 世界の学校教育制度へ  首都圏公立高校のランク表へ  首都圏の私立女子高校  平成以降の公立高校共学化の流れ
- 2015年6月29日Update - 2020年6月18日東北大本部設置について修正更新 - TOPページ